第5部 ハルピン浮浪(12)

2007年01月09日 22:13

 被服廠で雑役係

 八路軍の被服廠がある珠河(シュガ)街は、ハルピンから賓綏(ヒンスイ)線で一面坡(イーメンポ)の一駅手前だから、牡丹江とのほぼ中間点にあたる。
 この街には元日本軍の兵営があり、1年前にソ連軍から最後の立ち退きを命じられ、漂白の民へと転落していくことになった因縁の地でもあった。
 被服廠での母たちの仕事は、八路軍の着用する被服類の縫製などが主で、ミシンかけやボタン付け、服の穴かがり、アイロンかけなどであった。
 被服廠内で働いているのは女性ばかり10人ほどだったと思うが、ほとんどが日本人で朝鮮人が1人か2人混じっていた。
 子連れは母と、もう1人朝鮮人の女性がいた。
 その朝鮮人女性には3歳くらいの女の子がいて、仕事をしている間も側にまつわりつき、母親もその女児がいとおしくてたまらないようだった。
 被服の仕掛品が雑然と山をなした板張りの床に、それぞれの持ち場にべたりと座り込んで仕事をしている彼女たちは、みなおしゃべりで、手の動きに負けないくらい口もよく働いていた。
 ぼくたち小孩の仕事は、その雑然とした作業場内で仕掛品を抱えて、次の工程へと運ぶ雑役係だった。
 班長のような役割をしていたのは16歳くらいの大人しくて気のよい中国人の小孩だった。
 その班長の下で、ぼくと元義勇隊員、朝鮮人少年の3人が働いていた。
 ところが、この班長はどうも他人に仕事を教えたり、命令したり、指図したりするのが苦手のようだった。
 ぼくたちは仕方がないので、班長の作業手順を見よう見まねで動いていたが、仕事そのものは単純なので、さして支障はなかった。
 宿舎は厳重に男女別に分けられていた。
 弟の勝三は母と一緒だったが、ぼくは班長たちと同じ別室だった。

(横道河子駅は一面坡からさらに牡丹江寄りの駅である 『哈爾賓物語』杉山公子 原書房)


八路軍兵士の爆笑を買う

 この被服廠でも、ハルピンの印刷工場にいたときと同じように月に1度、朝夕2回、真っ白な饅頭と豚汁が食べ放題だった。
 その日は営庭に、運動会の来賓席に設置されるような大きなテントを張った仮の食堂に八路軍の兵士も集まり一緒に食事をした。
 彼ら兵士たちは、被服廠で働くぼくたちに向かって「遠慮せず、たくさん食べろ」としきりにすすめる。
 そのうち1人の兵士が、ぼくの側に寄って来て自分の持っている小銃を手渡し、「八路軍に入り、この銃を持ってわれわれと一緒に戦わないか?」と誘いをかけてきた。
 冷やかし半分であるとわかっていたが、元日本の軍国少年である、「いやだ!」と、臆病風を吹かすわけにいかない。
 当然のように「賛同の意」を表明すると、
 その兵士はテント内の同志に向け大声で、
 「おい! この小さな日本人の小孩が、この鉄砲を持ってわれわれと一緒に戦うと言ってるぞ!」
 テント内にどっと爆笑が沸き起こった。
 彼らのはしゃぎようを見ると、自分ではいっぱしの少年兵気取りでいたが、その反応は予想外で、言外に「お前には、まだ無理だ」の意が含まれており、半人前どころか小人並みとしか見られていないことが分かった。
 はたから見ると、そんな程度にしか見えないのかと、ぼくはがく然たる思いに陥った。

(写真は『写真と綴る日本と世界の100年[完全版]朝日クロニクル 20世紀 第10巻』)


 陽気さと残忍と八路軍兵士の二面性

 親切で陽気な兵士たちにも、驚くほど残虐な一面があることを知った。
 兵営の片隅で、中国人の若い男が鉄棒に背中を海老反りに両手両足を縄でくくられ、吊るされていた。
 海老反りの背中の上に大きな石を載せ、兵士の1人が鉄棒にぶら下がって両足で反動をつけながら踏んづけ揺さぶる。
 その周りにいる兵士たちは皆笑みを浮かべ、残忍な仕打ちをいかにも楽しんでいるように見えた。
 目をそむけたくなるような情景だが、まわりにいる兵士たちも笑顔でワイワイ陽気に騒いでいる。
  鉄棒に逆釣りされた男の顔はすでにどす黒くうっ血し、感覚が麻痺しているのか唸り声ひとつ出さず目の玉だけ大きくぎょろりと見開いていた。
 その顔を下からのぞき込み、なにやら言葉を発し、からかっている兵士もいる。
 彼らの話を聞いていると、この男は倉庫の被服などを運搬する作業員として潜り込み、盗みを働いたようだ。
 鉄棒の斜め横の石段に両親らしき年取った夫婦が並んで座らされていた。
 息子の苦悩を見るに耐えられないのだろう2人は、アンペラで編んだ三角帽子を目深くかぶって顔を伏せている。
 兵士の中には、両手でそのあごと頭頂をはさみ、無理やり息子の姿を正視させようと顔を向けさせる者もいた。
 その残虐な行為を陽気にやってのける八路軍の兵士たちに、彼らの人間性に巣食う二面性を見る思いがした。
(写真は『別冊1億人の昭和史 日本植民地[2]満洲』毎日新聞社)




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