第4部 新香坊難民収容所(1)

2006年09月21日 11:57

 赤い夕日と寂寥感

 ちょうど大豆の収穫期だった。
訓練所の大広場では、刈り取られたさやつきの大豆が幾つも大きな山になって積み上げられていた。
 その横で数人の義勇隊の訓練生が、指導員の指示に従い、ときおり注意を受けながら大豆の脱穀作業をしていた。
  「水の温度は100度以上にはならない! そんなこと小学生でも知っているぞ!」
 どういう質問をしたのか訓練生の1人が、指導員にと叱られる場面もあった。
 脱穀機は、焼玉エンジンの振動音をたてながら、45度ほどの角度で乾燥した大豆の殻と豆を一緒に噴射した。
 殻は風で吹き飛ばされ、中身の豆は手前へ分離され落下した。
夕暮れ近くなると訓練生たちの作業も終わった。
 その後片付けにかかったころ、鉄条網の外に延々と広がる畑の向こうの地平線に大きな夕日が沈みかかっていた。
 “赤い夕日の満洲”と言うが、ぼくはこの日まで地平線に沈む夕日を見たことがなかったような気がする。
 と同時に、これまで味わったこともない寂寥感に包まれていく自分がいた。
(『写真集 ああ北満 北小路 健編』図書刊行会)


 おばあさんの民謡

 食事は薄い高粱のおかゆが1日2回。当番に当たった人が食管を提げて炊飯場まで飯(めし)上げに行き、棟へ戻ると玄関のところで各自が携えてきた食器に分配した。
 高粱とはいえ、こうした食糧は「哈爾浜日本人会」の全面的な支援で無料配給されていたことを、ぼくはつゆほども知らなかった。
 早い夕食を終えると皆手持ち無沙汰でなにもやることはない。
 電灯もない暗い部屋の中の雰囲気は、自然に沈うつになっていく。
「さあ、さあ、皆さん元気を出して! 歌でも歌って頑張りましょう!」
♪イヤー 会津磐梯山は 宝の山よ 笹に黄金が エー またなりさがる


 (『写真集[満洲]遠い日の想い出』一色達夫、宇野木敏・編 KKベストセラーズ刊)

 張りのある声が手拍子とともに暗く静まりかえった部屋に威勢よく流れた。
 久しぶりに聞くおばあさんのにぎやかな手拍子と喉だった。
 これまでにも見知らぬところで宿泊することが、数回あった。
 夜になりローソクの灯で見回すと、部屋の誰もが無口で暗うつな表情になっている。
 その度に、このおばあさんが口火を切り、得意の民謡と手拍子で皆を元気付けようとしてきた。
 だが、残念なことに唱和したり手拍子を叩くものは一人もいなかった。
 思いもよらぬ逆境と、先行きがまったくつかめない状況に、誰もが気持ちを打ちひしがれ明るく振る舞うことができなかったのだろう。
 また、流行歌ならともかく30前後の奥さんたちに民謡はあまりなじめない面もあったのではないか。
 その元気な歌声と1人手拍子も、そう長くは続かなかった。
 消化の悪い高粱のおかゆだけでは、最年長の体は衰弱するのも早い。
 皆が「おばあさん」と呼んでいたが、実際は50歳前ではなかったかと思う。
女学校を出たての娘と2人連れで、こちらは母親べったりの静かな感じの女性だった。
 中尉の息子はまだ独身で、陸軍官舎に3人が暮らしていたと聞いた。


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