第3部 エミグラントとなって(3)

2006年09月03日 16:45

 高橋の御用聞き

 高橋が買い出しから戻ってきたことを告げに行くと、家の中から注文していたおばさんたちが玄関先に飛び出してきた。
  高橋はふくらんだ麻袋を肩から降ろすと、中から依頼された注文の品々をその場に取り出して見せた。
 注文の品々は、おかずのような副食類や子どものおやつ用の菓子類でなかったかと思う。
 主食はお互い軍足の米を共同で炊飯していたはずだから。
 無政府状態で治安の悪化した街に、日本人が買い物に出かけるのは危険である。
 そこで御用聞きのような役を高橋が、いつの間にか引き受けるようになっていた。
彼はメモなどとらないが、品物と数量はいつも注文通りのようだった。
 注文違いで文句をつけられるといったケースを見たことはない。
 それと商品の値段は、彼の口から出てくる数字がすべてであった。
 不安定な市場で物価は日々高騰していただろうから、すべて彼の情報に頼るしかない。
敗戦で消滅した満洲国の中央銀行の発行した通貨が、通用するかどうか、それすら誰もが半信半疑でいた。
  その不安も高橋が街での買い物で払拭(ふっしょく)してくれた。(満銀発行の紙幣の信用度は、翌年9月に引き揚げる最後まで絶大だった)
高橋はハルピンに住んだこともなく、地理は不案内のはずだ。それでも街中を縦横自在に歩き回っている。不思議な能力を持ち合わせていた。
 「高橋君がいて本当に助かるわ」
 数々の奇行で先生によく叱られていた鼻つまみ者の彼が、いまはおばさんたちから頼にされる存在に変身していた。
 それはそれとして、いかに鈍感なぼくでも彼がお駄賃のほかに口銭を前もって取っていることくらいは察しがついていた。
(大市場・バザール『写真集 ああ北満北小路 健編』図書刊行会)


 円明の4年生か5年生のころ、内地から転任してきた担任に、
 「お前たちの顔は、だんだん満人に似てきている! お前たちはマクワ瓜を積んだ満人の荷車のあとを追いかけているのが、ちょうど似合っている!」
 満洲に転任させられた腹いせを、ぼくたちにぶつけたのだろうか。
 いきなりそう言われて驚いたことがある あの先生からすると、ぼくたちは満人に近く見えるかも知れないが、ぼくが満服を着て満人の小孩に変装しても無理だ。すぐ日本人だと見破られるだろう。
 その点、満服姿の高橋は誰が見ても満人の小孩そのものだし、現地語を流暢に話すことが出来る。
 新しい担任はさらに
 「この中で一番よくできる井谷でも、内地の学校に行けば一番ビリだ!」
と浴びせた。
 内地の子どもに比べ、ぼくたち満州の子どもはよほど緊張感に欠けていたのだろうか。
 この言葉で植え付けられた劣等感は、日本に帰るまで抱き続けることになる。
 話を高橋に戻す。
牡丹江駅で他校の先生が用足しに行っている間に、預っていたカバンの中の弁当を食べてしまったそうだ
 この時も教壇の前に立たされ、先生から拳骨を頭のてっぺんに一発ねじ込まれた。
 だから、彼は皆から小馬鹿にされていた。
 掃除当番が一緒になった時だった。
 廊下ふきは彼一人に任せ、ほかの3人は壁にもたれてそれを監視していた。
四つばいで雑巾がけしている彼の尻を、「ハイド! ハイド!」と、雑巾でむち打つ奴がいて、ズボンの尻の部分が黒くびしょぬれになった。
 「たるんでいるから、雑巾であいつの顔、拭いてやった」
 自慢げに報告に来る者もいた。
 そんな仕打ちにも彼は逆らおうとせず、無言のまま一人さびしく廊下を拭いていた。
 時々合わす顔は、しょぼしょぼと悲しげだった。
 いまは、あのころのおどおどした陰は微塵もなく、悠然として見えた。
 また、国籍など彼には無用のようでもあった。
(『満洲昭和十五年 桑原甲子雄写真集』晶文社)

 高橋が御用聞きの用事を済ますと、玄関横の石段に2人並んで腰を下ろした。
お互いに共通の話題はなかった。
 先ほど、お駄賃に貰ったロシアの菓子をポケットから握り出し、ひとつかみをぼくに手渡した。
 それはともかく、学校のころを振り返ってみても、彼にトウモロコシを奢って貰ったり、お駄賃の分け前を貰ったりする筋合いはないはずだ。
 強いて思い起こせば一度だけ、彼の肩を持つたことがある。  「臭い、臭い」と、隣の席にからかわれていたが、からかっている本人も時々寝小便臭かったからだ。
 廊下の掃除当番の時も、ぼくだけは彼にちょっかいを出さなかった。
それぐらいしか思い当たらない。
 「鉛筆をあげるから一緒に遊んで」
 “コーリン”だったか“トンボ”だったか覚えはないが、一ダース入りの箱からまっさらな鉛筆を取り出し、周りの者に配ったことがある。
 鉛筆はおそらく文房具店かどこかで万引きしたものだろう。
 鉛筆を貰った手前、遊び仲間に加えはするが、やはり悪臭には耐え切れず、適当にお茶を濁して逃げていた。
 そんな彼が、いまは隣に座っていても全く悪臭がしない。
 もう、一様(イーヤン=同じ)なのだろう。
 いや、彼は新しい満服だ。2週間以上も着たきり雀のぼくのほうが、むしろ悪臭に満ちていたかもしれない。
(上の写真は“ハルビンの銀座”キタイスカヤ街『写真集 ああ北満北小路 健編』図書刊行会)


 


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