第1章 満州国崩壊の序曲(5)

2005年05月20日 19:40

 8月9日、その日牡丹江では

 日ソ開戦初日の牡丹江市内の様子を、『秘録大東亜戦史 満洲篇』(富士書苑)に収録された「歴史の足音」(朝日新聞 福沢卯介著)と、「闘わざる覆面将軍」(毎日新聞 北沢学著)から、一部抜粋させてもらう。

『歴史の足音』から


 8月9日の朝、私はふと、けたたましい電話のベルで眠りをさまされた。
砲撃 「おい、とうとう始まったぞ」
 「なにが?」
 「ソ連だ」
 Kの叩きつけるような大きな声、瞬間ピリッと私の頭のシンは慄えた。
 「そうか、状況は?」
 「詳細は判らない。国境線は全面的に突破されたらしい」   
 私は受話器をもったまま崩折れるように床にすわりこんだ。
 私たちはいろいろな状況からソ連進撃は10月だと観測していたのだ。時計をみると午前4時45分、私は従軍服に着かえて玄関を飛び出した。
 私はかねてからソ軍侵入と同時に第一方面軍(司令部牡丹江)は、通化省の山地帯に撤収、ここで最後の抗戦をつづけるということは承知していた。いよいよ各部隊に撤収命令は発せられたのだ。
 牡丹江の、7万余の在留邦人の防衛は、いったい誰がやってくれるというのだ。
 木銃1挺と日本刀を腰にした在郷軍人と、ついさき程応召になった、完全武装をもたない老兵が主力という守備隊のみで戦えというのか。

ソ連侵入

 

 

『闘わざる覆面将軍』から

 そしてこの日牡丹江では――。
 それは早朝5時、寝室のベルがけたたましく鳴りひびいた。受話器をはずすと同時に、
 「大変だ、大変だ、はじまったぞッ」
 「何だって?」
 私はまだ夢心地であった。
 「けさ綏芬河スイフンガの線でソ連が攻め込んできたんだ。目下激戦中だ」
 電話の主が、軍関係の真面目な友人とわかると、私はがばと布団を蹴って支局の事務室に急いだ。 大平路
  特務機関を呼び出した。
 「ほんとうらしいな、いま非常呼集をかけているところだ。昨夜は、新京とハルピンに飛行機があらわれている」 と特務機関の本尊ほんぞんさえ、不意を衝かれた形であった。
 隣組の若い者が、調子はずれな声で空襲警戒警報を伝達していた。
 どこの家でもまだ安逸あんいつな夢を追っているらしく、若者はいらいらした表情で、「ソ連が攻めこんで来たんですよ。本当ですよ」
 とつけくわえていた。
 あちこちの窓がひらいて、何を人騒がせな、といった寝呆ねぼけた顔を突き出していた。
 正午ごろになると、市民は虚脱状態からぬけだしたようであった。隣組の回覧坂は、
 「軍はあくまで牡丹江を死守するから各人は各自の職場を死守せよ」
 という意味を伝えている。
 前線の戦況は一切発表されなかった。五部隊はその日の内に敦化トンカに異動したらしい。

ソ連会議

 (上の写真2枚は『満州の記録―満映フィルムに写された満州』集英社)

 

 



コメント

    コメントの投稿

    (コメント編集・削除に必要)
    (管理者にだけ表示を許可する)

    トラックバック

    この記事のトラックバックURL
    http://saro109.jp/tb.php/6-91acd035
    この記事へのトラックバック


    最新記事