第1章 満州国崩壊の序曲(18)

2005年07月21日 14:12

 <毎日新聞、北沢 学著「歴史の足音」(『秘録大東亜戦史 満洲篇』)より>
 やがて夜が白んで来た。
 「皆んな喜んで下さい」
 どこからともなくあらわれた男がいった。
 「日本軍はウラジオを占領しました。ウオロシーロフに落下傘部隊が降りました。みながんばって下さい」  「まあ、ほんとうですか」
 わっと歓声があがり、みな一様に生気をとり戻したように明るくなった。
 正午ごろには日本人の姿がめっきり少なくなった。
 支局の付近はどこも引き揚げたあとで無気味な沈黙が支配していた。
 支局の看板をおろし、2階の楼屋にひるがえっていた社旗をおろした。列車に持ちこめるのはリュックサック1つである。
 遠山大路の大通りにはほとんど人影はなかった。新市街に出る陸橋のたもとでバリケードを築いている在郷軍人がいる。
 「あなたがたはいつ引き揚げるのですか」
 「いつになることやら、何しろ軍の命令ですから」
 彼らは身に寸鉄を帯びず、わずかに木銃や急造の竹槍を持っていた。ソ連軍が戦車と重砲でなだれこんでくるのに、と思うと開いた口がふさがらないのである。
 駅頭は奥地からの避難民と乗りおくれた牡丹江の婦女子でごった返していた。
 列車はなかなか出ない。10人余りの憲兵が狂気のように騒いでいた。
 「荷物はリュックサックとトランク一つだけ」
 と叫びながら、男と見ると有無をいわさず引きおろした。男子は残って牡丹江を死守せねばならぬというのである。
攻撃する
 夕闇が地をはうころになって列車はやっと動き出した。
 牡丹江を出ると列車はたえず汽笛を鳴らし出した。見ると、線路の両側は南へ南へと避難する日本、朝鮮、中国人でうずまっていた。それはどこまでもつづいた。
 牡丹江のほうをふり返ると、誰が火を放ったのか市中の5、6カ所が炎々と燃えあがっていた。その火勢で、線路際の呪うような避難民の姿がえがき出されて凄惨そのものであった。
 沿線駅に着くたびに奥地から避難して来た開拓団の婦女子がひしめき合って、いっしょにつれて行ってと哀願した。
 だが列車はすでに目白押しにつまっていてどうすることもできない。扉を開けることすら不可能だ。列車は無慈悲にも彼らをふり捨てて発車した。
 私はこのなかの何名が日本にたどりつくだろうかと考えてみた。第一南にくだっても、それはくだったというだけで、「満洲国政府」の崩壊は時の問題であり、関東軍も作戦に手いっぱいで居留民のせわまでは手が及ぶまい。しかしともかく逃げのびねばならぬ。
 と、私は同じこの鉄道の上を驀進してくるソ連兵の喚声が、すぐあとから聞こえてくるような気がしてならなかった。

満州へ向かう

(写真は『満洲の記録 満映フィルムに映された満洲』より 集英社発行)


 避難列車で幼子を失ったM教諭と4人の生徒

 〈発車著シク遅延シ、二十二時ニ至ル。折シモ避難民殺到シ、且ツ官街・会社等ノ焼焔天ニ柱シ凄惨ナリ〉(『本校措置報告書』)

 残留寮生と先生たちが、12日深夜便乗した避難列車の中で、M教諭(満洲語・音楽担当)の2人の幼子が、車内に殺到した避難民と荷物が折り重なり合い、座席の間で圧死する不幸があった。
悲嘆にくれたM教諭夫妻は、子どもを荼毘だびに付すため、途中停車した横道河子オウドウカシ駅で下車された。
横道河子 同僚の先生たちは、「とにかく、ハルピンまで乗って行って、それからにしては」と強く引き止めたが、「どうしてもここで降りる」と聞き入れなかったそうだ。
 1年生の内海は、その後のM先生と新京で偶然出会い、一緒に内地に引き上げている。
 11日か12日、内海は家が同じ方向の同期生の狩野と、それに2、3年生の兄弟2人とも意気投合し、4人で寮を飛び出し牡丹江駅に向かった。
 駅に着くと、運よく新京行きの列車に乗り込むことができた。
 途中、ソ連機の爆撃などがあり、列車は止まったり動いたりの繰り返しで、ようやく15日に新京駅に着く。
 駅舎は騒然とし、人びとが右往左往している。間もなく正午の玉音放送があり、日本が負けたことを知る。
 4人は途方に暮れ、「これからどうしょう」と迷っていると、傍らから「お前たち星輝中学校の者か?」と尋ねられた。
 その人は、まぎれもなく星輝中学校で満州語を教わったM先生だ。
 まさに〝地獄に仏〟
 4人の生徒はその後、先生家族3人と敗戦後の満州で苦労をともにし、翌昭和21年、コロ島経由で博多へ無事引き揚げた。
 博多駅で乗車証明書と、国から200円か300円、それに上着と食べ物を貰う。
 そしてM先生一家3人と別れ、それぞれ西や、東、北へと列車に乗り込んだ。

 



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