第1章 満州国崩壊の序曲(17)

2005年07月18日 15:21

 修羅場と化した牡丹江駅

 8月12日(木曜日)

 叔母らと一緒に乗った避難列車が発車した前後の牡丹江駅構内の混乱や惨状ぶりを、ぼくは知らない。各人の居合わせた場所や方角、ちょっとした時間のずれで、それぞれの目撃体験もさまざまである。これらの目撃者が直面した牡丹江駅構内の諸相を幾つか列挙してみる。

 <朝日新聞、福沢卯介著「歴史の足音」(『秘録大東亜戦史 満洲篇(富士書苑発行)』)より>
  駅に着いた私たちは空襲をさけるため裏側の溝の中に待機した。賓綏(ヒンスイ)線、図桂(トケイ)線、虎林(コリン)線と縦横に走るここの広い構内に停車している十数本の列車は、いずれも超満員で割り込む余地がない。
 午後2時を過ぎたころだろう。私たちは構内の後方に待機している客車だけで編成された、1本の列車を発見した。 みると、腰掛に2人掛けで充分の余裕がある。
 私たちが列車に乗り込もうとすると、なかからはしっかりとドァーを閉じて開けてくれない。
 「この列車は桂木斯ジャムス)からきたさいごの疎開列車で、満鉄社員専用のものだ。一般人はのせない」
 この時1人の憲兵上等兵が飛びあがって、大きな声で怒鳴った。
 「それでも日本人か。なにが満鉄の疎開列車だ。乗せないというなら、貴様たち全部を引き下ろすぞ……」
 一瞬しんとして、ひとりが不承不承ドァーを開けた。
 私たちは列車に飛び乗った。
 他の一団二団もそれぞれ乗車して、たちまち車内は身動きもできない始末となった。
 私たちの列車が動き出したのは午後5時を回っていただろう。
 列車が拉古ラコ)のあたりをすぎたころ、車窓から頭を出して遠ざかりゆく牡丹江の空を見た。
 火を放ったのだろう、第二新市街の軍衙ぐんが)あたりに幾条もの煙が立ちのぼり牡丹江さいごの日を悲しくいろどっている。
 牡丹江が完全にソ連軍の手に落ちたのは15日朝だったという。そのころまでには、7万の在住邦人はほとんど南下し、敗走千里をつづけて終結した軍隊と、付近の開拓団や裏山に逃げ込んでいた一般邦人百数十名が、戦火に焼かれたこの街に踏み止まっていたということを、あとで聞いた。

満鉄

(上の写真は『満洲慕情 全満洲写真集 満史会編』 満鉄の機関車・謙光社)

 <星輝中学3年(当時)M・T著「昭和二十年夏」(『星輝中学校同窓会誌』)より>
 全く突然に非常呼集がかかった。急いで寮の前庭に集合すると、「軍の命令により、新京に転進することになった。これより30分以内に、直ちに荷物をまとめて再度この場所に集合すること!! なお不要な物を捨てよ!! なるべく荷物は少なくして敏速なる行動がとれるようにせよ!!」と厳命が下った。
 校旗を先頭に牡丹江駅に向かって出発した。時に夕方4時近くであった。
 牡丹江駅に近づくと、今まで見たこともないものすごい群集であふれ返っていた。
 駅の構内や線路の脇には、あちらこちらに物資がうずたかく野積みにされ、その陰に幼児の遺体が横たわっていて、閉じた眼や口の周りには、すでに蝿が群がり、時折白いのが見え、思わず目をそらしてしまった。
 私たちは、駅構内の引込線の線路上に止まっている客車の近くで、長いあいだ次の命令を待って 〝折り敷け〟の姿勢で待機していた。
 客車の周辺に次々に押し寄せる群衆に、銃剣を構えた兵士が客車の昇降口と連結器の間に点々と立って、近づく者は一歩も入れまいと凄い形相で威嚇していた。
 客車はすでに満杯の様子。そこへ足もともおぼつかないほどに酔っぱらった1人の憲兵が、いきなり  抜刀すると「侵攻中のソ連軍撃破のため、いま現在1人でも多くの戦闘要員を必要としている!! われわれとともにロスケと戦おうではないか!! 今すぐ壮健なる男子は降りてもらいたい!!」
 とある窓際の男性に目を止めると、「うーん!? 貴様! なぜここにいる!? 貴様それでも日本人か!!」と叫んで、1人の年配者らしいその男の人を窓の外から殴打すると、強引に窓から引きずり降ろしてしまった。
 やがて、陸軍少将の襟章を着けた軍服姿の校長の訓示があり、
 「よいか! 全員、どんな事をしても、絶対に目の前のこの列車に乗り込め!」
 校長や軍の派遣教員が一斉に抜刀するのが見えた。
 そして銃剣で警護している警備兵たちに向かって大音声で、「陸軍少将 宇高 たけし)! 命令だ! そこを退(ど)け! 皆突っ込めー!」
 大号令一下、生徒隊は「ワーッ!」、鬨の声を上げて列車の窓や乗降口に殺到して行った。
 すると警備兵たちは、急に後ずさりして姿が見えなくなった。
 私は無我夢中で車内に乗り込み、気が付いたら、上の荷物置き場の最上段に昇っていた。
 


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