第9部 技能者養成所(5)

2008年02月11日 17:59

 謹厳実直ぞろいのクラスで異彩を放つF

 専門科目は工場から技師が講師として出向してきたが、一般教養科目は校長以下、学校専従の教師たちだった。
 一般科目では入学して間もないころ、たびたび抜き打ちテストがおこなわれた。
 各科目の教師たちは、生徒の実力のほどを試したかったのだろう。
 なんの科目だったか忘れたが、入学してはじめてのテストの時間だった。
 問題用紙が配られて、さほど時間が経たないうちに、はやばやと答案用紙を提出する奴がいた。
 Fだった。彼は教壇の前を通り過ぎるとき、問題とにらめっこしているわたしたちを見渡し、「やっ!」と手を上げんばかりの態度で、悠然と教室を出て行った。
 すごく頭のよい奴がいるものだと、これには誰もが舌を巻いたようだ。
 そのFは同級生が集ると、いつも話の中心になる人物だった。
 ただ、彼の話はホラと本当が入り混じっているようで、額面どおりに受け取れないところがあった。
 例えば、漁師町に住んでいる彼が、近くの海で泳いでいると、フカがそばまで寄ってきた。
 その時、彼は少しもあわてず、6尺フンドシを長く垂れ流すと、フカはおとなしく去っていった、という具合だ。
 フカは自分の身長より大きいものは襲わないという説がある。
 それでフカに襲われずに済んだというわけだ。
 瀬戸内海にフカが現れるかどうか知らないが、こうしたホラ話を平然とするところが彼の真骨頂であった。
 後で分かったことだが、テストの件も種を明かせば答案は白紙だったという。
それも入学したばかりである。
 どちらかと言えば、謹厳実直で温厚な性格ぞろいのクラスの中では、異彩を放つというか異端児というか、ともかく豪胆さの目立つ男だった。
 Fは卓球が好きで、うまかった。
 卓球台は講堂に数台設置されている。
 昼休みの休憩時間は、そこが3年の不良どもの溜まり場にもなっていた。
 Fは卓球がしたくてうずうずしていたのだろうか、あるときラケットを手に卓球台の先輩たちに近づいていった。
 そこまではよいのだが、先輩たちが吸い捨てたモク(煙草)を床から拾い上げ、
「センパイ、ちょっと火ぃ貸してつかあさい(下さい)」
 悠揚せまらぬ態度に、3年生たちも度肝を抜かれ、あ然と火のついたタバコを差し出した。
 
しばらくして、われに返ると、いかにも生意気きわまりない新入生である。
 後で、3年生から制裁を受けたことは言うまでもない。
 だが、Fはそんなことでめげるようなヤワな奴ではない。
 Fの住む漁師町には、町のチンピラどもも恐れる気性の荒い若い衆が大勢いる。
 これは憶測だが、Fのことだ。
 知り合いの荒くれ者の漁師のことに触れ、逆に張ったりをかますぐらい造作のないことだ。
 いつからか、上級生に向かって、「センパイ! オッス!」、痛快にやっていた。
 担任の国語の教師は、卒業時の席次によって給料は3ランクに差をつけられるから、しっかり勉強しろと発破をかけるが、生徒の反応はもうひとつだった。
 「この世には2種類の人類がいる。銃を構える奴と穴を掘る奴だ」(『続・夕日のガンマン』)
 このせりふを借りると、わたしたちのクラスも2種類の生徒がいた。
 (卒業後は工員という身分なのだが)競争本能にかられて勉学に励む奴と、なるようになれと捨て鉢な奴だ。
 勉強嫌いで怠けモノのわたしは、もちろん後者に属した。
 ただ、Fだけは超然として、そんな瑣末(さまつ)なことにとらわれる様子はなかった。
 彼がいるかぎり席次がビリにはならないと、わたしたちを安心させてくれた。
 おそらく、われわれの救世主として、最後まで殿(しんがり)を努めてくれたと思う。


(『動輪』大野毅一、光村推古書院)



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