第1章 満州国崩壊の序曲(11)

2005年06月18日 13:46

 牡丹江駅の静寂、修羅場の前触れ

 深夜に避難列車が到着したひと時間を除けば、10日の夕刻から翌朝にかけて静寂に包まれた牡丹江駅はなんだったのだろう。
 それが〝嵐の前の静けさ〟であり、牡丹江駅が修羅場と化す前触れであったとは知るよしもなかった。
 明け方から駅前広場で泣きわめく迷子の身を案じていたご婦人や、群衆の中の傍観者たちも、それが自分たちにすぐにも訪れる運命の予兆だと気づく人は、まだいなかったのではなかろうか。
 その翌12日の牡丹江駅の悲惨と戦慄に包まれた異様な光景は、前掲の『歴史の足跡』(朝日新聞 福沢卯介)と『闘わざる覆面軍』(毎日新聞 北崎学)に生々しく描写されている。
砲弾炸裂 12日の朝はからりと晴れた良い天気だった。私(福沢氏)たち一行百余名は、一団をなして牡丹江駅に向かった。
 私たちといれちがいに穆稜ぼくりょう)磨刀石まとうせき)あたりの戦場を脱出したひとたちが、公園を目指して歩いてきた。私たちは、
 「どうして牡丹江などに降りたのです。早く南へおさがりなさい。ここの運命も一両日です」
とすすめたが、
 「このひとたちはもう一歩も動けません。運命に一切を託して生きます」
と淋しく笑った。
 「とに角私たちはあの住宅を引揚げてきたのです。食糧も夜具もあります。一切を差上げますから使って下さい。そうして明朝早々、脱出して下さい」
 私たちはこう言って別れた。(『歴史の足跡』)
(写真は『戦記クラシック 満州国の最期』太平洋戦争研究会編、新人物往来社)

 駅頭は奥地からの避難民と乗り遅れた牡丹江の婦女子でごった返していた。
 ほとんどが無蓋貨車(むがいかしゃ)の列車で3本ならんでいた。
 ホームにはトランクやふとんが乱雑に投げ出され、異様な風景を呈していた。
 線路と線路のあいだに赤ん坊の死体がころがっている。
 死体は真あたらしい晴れ着を着ていた。
 ブリッジの裏でいましがた首をつった老人がかかえられて来た。
 駅長室には7、8人の迷子が泣き叫んでいた。
 「迷子になったのか、棄てたのか訪ねても来てくれない」と駅長は暗い顔をしていた。(『闘わざる覆面軍』)

旧駅

(『別冊1億人の昭和史 日本植民地史[4]続 満洲』毎日新聞社)


 講堂に難民の集団

 〈東満交戦地区郷軍ノ牡丹江地区転進並ビニ避難婦女子ノタメ校舎提供。生徒若干名ヲシテ救済援護ニ充ツ〉

 ぼくたち星輝中学の4人は、一夜を過ごした牡丹江駅を後にして学校に向かった。
 学校に隣接する清水公園を通り抜けると、学校側からこちらに向かって来る同級生の日高とぱったりあった。
 「これから新京(現長春)方面に疎開することになったので、学校に休学届けを出してきたところだ」と。
 彼の父の所属する部隊に撤収命令が出たのだと言う。
 牡丹江に住んでいたころ通学していた円明国民学校で、いちばん仲のよかった彼の陸軍官舎には2度ほど遊びに行ったことがある。
 牡丹江が避難するほど危険な状態にあるとは露ほども知らないぼくは「休学届け」とは少し大げさ過ぎないかと内心思ったが口にはしなかった。
 避難も一時的なものだろうから、またすぐ会えるという軽い気持ちで彼と別れた。(戦後、彼も無事内地に帰国しているが、その後会う機会がなく60余年が過ぎている)

市内地図

(牡丹江市街地図は『俘虜追想記』清水豊吉著より)
 
 校内は静かだった。生徒の姿はどこにも見あたらない。
 「授業はどうなっているんだろう?」
 2年生が代表で職員室へ入って行った。
 その間、ぼくらは人影のない1階の廊下を歩き、教室を一つひとつのぞいて回った。 廊下
 一番奥にある講堂まで来て、なにげなく中をのぞいて〝ハッ〟とした。
 まったく人の気配を感じさせなかった広い講堂の片隅に、20人ほどの人たちが身を寄せ合うようにして座っていた。
 男も女子どももみな、なにかに脅えたような目つきでこちらを見た。
 だれ一人、口をきこうとしない。
 昨夜の避難列車で牡丹江駅に下車した人たちなのだろうか。
 無蓋貨車でトンネルをくぐり抜けてきたのか、どの顔もすすけ、妙におどおどしている。
 これが日本人かと見まがった。
 きのうまで一等国民と自負し、尊大な態度をとっていた邦人たちとはまったく違っう。
 この人たちを不審の目で、いつまでも見ているのは気の毒に感じたので、ぼくたちは早々に講堂を出た。

 前掲の『闘わざる覆面軍』によると、
 10日の正午近く、前線からの避難列車がひっきりなしに牡丹江駅に到着していた。
 みな着の身着のままであった。
 綏芬河方面からの列車は進撃するソ連軍と追いつ追われつで脱出したものであった。
 東安方面からの列車は飛行機の掃射をくらって十数人が座ったまま即死していた。
 貨車の屋根を縫った無数の弾痕、着ている軍服がブドー色だったので、おかしいなと思ったら、ふき 出た血潮が、熱さで変色しているのだ。


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