第9部 技能者養成所(2)

2008年01月23日 14:31

 封建制の色濃い「身分制度的資格制度」に落胆

 4月1日の予定だった入所式が、14日に延期された。
 国家管理だった日本国有鉄道(国鉄)が、この年の6月から国鉄公社となり独立採算制に移行する段階で、機関車のオーバーホール(修理)などの外部発注を中止。
 国鉄の自社工場で行うようになったことで、三原車両の仕事量が減った、と聞いた覚えがある。
 憶測だが、それが入所日の延期につながったのではと思う。
  翌年の養成工は募集中止になった。
 晴れて入学してみると、成績が良ければ技師に昇進できるという技術員教習制度は、戦前までの話で、終戦とともに廃止となっていた。
 式辞では、君たちは養成工を卒業すると、わが社の中堅工員であると言われた。                                     
(昭和24年4月 三菱三原車輌技能者養成所入学記念写真)


 競争倍率が高かっただけに意気揚々と入所はしたものの、前途はあまり明るくないと知る。
  落胆するものも多かったが、とにかく就職でき、開墾から抜け出せる、その喜びの方がわたしには大きく、工員という資格について深く考えることはなかった。 
 職員と工員との間の身分の差、待遇の違いを現実に肌で感じるまでには、それからしばくの年月があった。
 この会社では、入社時の学歴により、大卒は正員、高卒は準員で「職員」となるが、技能者養成工の卒業後は普通工員に格付けされる、ことを知ったのは後のことである。
 身分制的資格制度の考え方は、当社創業以来一貫してとられてきたものであり、極めて長い歴史をもつものであった。(『三菱重工名古屋航空機製作所25年史』より) 
 旧従業員制度(左表)では、高卒で入社した女子は書記補(雇員)から書記になっていく。
 養成工出のわれわれは、彼女らよりも格付けは下なのだ。
 その後、新制度に移行するまでは……。
 昭和44年11月1日をもって新制度に移行した。新従業員制度は(中略)すべての常用従業員を「社員」とした。(『同上』より)

 得意の絶頂が旧来の陋習(ろうしゅう)で砕かれる

 三原市は小さな都市である。
 話題性に乏しい町だから、この年の養成工の噂はまたたく間に巷に広がった。
 「何せ、あんたらは30分の1じゃけえのう」
 当初の応募数から計算すれば30倍かもしれないが、受験前までに応募者がけずられ、実際は25倍だったと聞いている。
 前年受験の2年生の競争倍率は10倍だったそうだ。
 噂が誇張され、さらに尾ひれがついて流布していくのは、いずこも同じようだ。
 「朝日新聞社に受かった子が、養成工を受けて滑ったんじゃけえ」
 新聞社と製造業では試験の内容が違うはずだが、外野の人たちは単純な判断で比較する。
 「こんどの養成工はみんな、中学校で級長か副級長していたげな」
 この地方では「げな、げな、ばなしはウソじゃげな」というが、まさにその通りだ。
 それでも、こんな噂を耳にして気分の悪かろうはずはない。
 いつのまに流行(はや)ったのか、われわれは白い鼻緒の高下駄を履き、秀才気取りで三原の街を闊歩(かっぽ)していた。
 そんな得意絶頂の日々は、ほんの束の間だった。
 突然、冷水を浴びせられる出来事が待ち構えていた。
 この養成所には“旧来の陋習(ろうしゅう)”が根強く残っていた。
 旧制中学校時代に逆戻りしたような、3年生の私的リンチである。
 この連中は、市内の高校の不良や町のチンピラどもと徒党を組んでいるから、さらに程度が悪い。
 学校で休憩時間に便所に行くと3年生が2、3人、必ず入口で待ち構えていた。
 そこで指名された1年生は、子羊のように講堂へ連れて行かれ、使い走りを命じた3年生たちの前に直立不動で立たされる。
 「われ(お前)は、態度がでかいのう」、「おどれ(お前)、わしに面を切ったじゃろうが」、「金を貸せ」など、なんのかんのと難癖をつけて制裁を加えた。
 便所に行くのを我慢して教室にいると、帽子をあみだにかぶった例のチビの3年生が、虎の威を借る狐のごとく、横柄な態度で入ってきて、ボスたち注文の1年生を連れ出して行った。
 わたしの場合は、ボスの1人が、わざわざ教室までお出ましになり、わたしの横の席に座って、さらしの白い腹巻からドスをちらつかせ「仲間に入れ」と脅した。
 こちらは、満州でソ連軍の少年兵に短剣を突きつけられた経験があるのだ。
 チンピラの小間使いなど真っ平だ。
 沈黙を通して、あきらめさせた。
 程度の差はあれ、1年生の中で、3年生から殴られたことのないものは1人もいなかった。
 戦後、民主主義の時代になって4年にもなるというのに、悲しい陋習だった。

(昭和27年3月 三菱三原車輌技能者養成所卒業記念写真)

 なお、3年生は国民学校の高等科2年卒、2年生は新制中学校3年を出て養成工に入っている。
 もともと同級生であるからか、3年生が2年生に制裁を加える場面を目撃したことはない。
 また、われわれ1年生が、2年生に制裁を受けた話も聞かなかった。



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