第7部 村の新制中学校(9)

2007年10月01日 11:41

棚田の稲とガンスにアケビに松茸

 楽あれば苦あり。空の荷車とはいえ下校時に坂道を引いてあがるのは、やはりしんどかった。
 時には母の言いつけで、農家で分けてもらったサツマイモの袋を荷台に積んで帰ることもあった。
 荷車を引いての登校はそれほど頻繁でなかったはずだが、手ぶらで登下校した日の記憶はほとんど残っていない。
 炭俵を積み荷車の下に垂らした細い捧をブレーキに使って坂を下っていく姿は、当時、集団で登校していた山の子どもたちにも印象強く残っているようだ。
 下校時は登校時と違って帰宅時間の制約はないし、家に帰ればいろいろ雑用をやらされるので、途中でたびたび車を休め、だらだらと時間をつぶしながら帰ることが多かった。
 その道々、梶浦、川上ら中学生同士でどんなことをだべっていたのか、ほとんど思い出せないが、ひとつだけ残っている記憶がある。 
当時、拾円紙幣の左側の十字型と周囲の4つの円形が「米」、右側の長方形が「国」と読め、「国」の菊の御紋が十字架風の模様の鎖でつながれている、という噂(うわさ)があった。
 この話を教えてくれたのは梶浦で、学校で同級生にでも聞いたのだろうか。
(拾円『[写説]占領下の日本』近現代史編纂会、ビジネス社)
 開墾地に至るまでの山林は、ふもとの農家の里山だった。広い山道から入り組んだ横道に入ると、ところどころにその 人たちの炭焼き窯もあった。
 ときたま、牛車の荷台に稲束や焚き木、炭俵などを満載して下ってくる荷車とすれ違うことがあった。
  プロの手で作られた荷車は重厚な戦車を連想させた。わたしたちは、牛を先頭に重量感のある荷車が近づくと、その勢いに圧倒され、手製の貧弱な荷車を道の脇に寄せ茫然(ぼうぜん)と見送った。
 どんな悪路にも耐え、割れる心配もない頑丈な車輪が、とりわけうらやましかった。 
(炭焼き風景『日本人の暮らし――20世紀生活博物館』講談社)
秋になると幾重にも重なった棚田に、黄金色になった実り豊な稲穂が波打っている光景もまぶしかった。  開拓地の誰もが望んでいた作物は米。畑で栽培できる稲、陸稲(おかぼ=)のあることを知り、開墾したばかりの畑に植えてはみたものの失敗に終わっていた。
  棚田の稲は羨望の的だった。刈り取られた稲は、天日干しにするため、田んぼの中央あたりに“はさ掛け”されていく、棚田の風景が刻々と変容していくさまは、先祖伝来の農地を持つ農家の人たちの豊かさを象徴しているようでもあった。
 一方、わたしたちも、秋に入ると山の幸のおこぼれにあずかることがあった。
 このあたりの方言で“ガンス”と呼ばれるブドウを小粒にしたような甘酸っぱい木の実がある。
 下校途次のわたしたちは、荷車を道の脇に放置し、ガンスの木を求めて山の中に分け入った。見つけると枝を折り、ガンスの実で口中を紫色に染めながらむさぼった。
 山にも柿の木はあったが、こちらはピンポン玉を少し大きくしたくらいの渋柿で、とても食べられる代物ではなかった。
 山の幸を見つけるのがうまかったのは川上だった。
 彼と梶浦とわたしの3人で、食べられる木の実はないかと雑木をかき分けながら探していたら、彼はたった1つしか生っていないアケビの実(右斜め下の写真)を見つけたことがある。
 ある日、荷車を引いていた川上が、突然、「あ! マツタケがある!」と叫ぶなり、脱兎のごとく横手の山の斜面に登っていき、大きく開いた松茸を1本手にしてきた。
 よほど嬉しかったのだろう、「マツタケ見つけた! マツタケ見つけた!」、その笠のように開いた松茸を頭上にかざし、小躍りしながら車を引いていた。
 車を引いていながら、山の斜面に隠れていたマツタケを、よく見つけたものだと、これには感心した。これも天分というものなのだろうか。
 ちょっぴり悔しくもあったが、キノコではあまり腹の足しにもならないと思うと、うらやましさも半減した。
 いまになって残念に思うのは、松茸は1本生えていれば、その周辺にまだ何本か生えているものだが、当時の3人にはそうした知識がなかったことである。
 あれから数十年も後になるが、用倉山が広島空港になる前に、もと住んでいた家の跡を見たくなり、弟の車で連れて来てもらったことがある。
 その帰り道に、弟に誘われて松茸狩りをしたが、1本見つけるとその周辺には落ち葉の陰のあちこちにかくれていて、この日は10本近く収穫できた。
 名古屋へ土産に持ち帰り、妻の親類一同に配ると大いに喜ばれた。
 遠い記憶をたどると、川上が松茸を見つけたのはそのあたりではなかったかと思う。
 その松茸狩りの穴場も、いまはセメントのようなもので塗り込まれ、密閉状態のままである。


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