第7部 村の新制中学校(1)

2007年07月16日 21:49

 新制中学校事始め、「へたの長糸」と“ウオズ・ボーン”

 昭和22年4月から発足の六・三新学制―あくまでも生徒を中心とした自由な科学的なゆきかたは、現在最も進歩したアメリカの教育よりさらに一歩を先んじ、ある意味で世界の最先端をきるものともいえる。(朝日新聞 昭和22年1月26日)
 歴史的な「教育革命」といわれる新制中学に、新たに導入された学科が「家庭科」と「社会科」、それに「自由研究」である。
  家庭科の授業では、男子生徒も裁縫を習った。
いずれの学校も、手始めは雑巾縫いであったようだ。
そこで覚えた言葉が「へたの長糸」である。
わたしたち男子生徒は皆、糸を長く通した針で雑巾を縫っていた。
そのほうが何回も針穴を通す手間が省けると考えていたからだ。
ところが先生いわく、それは素人考えで、かえって運針に手間がかかるのだと。
結局、わたしが家庭科の授業で覚えたのは、この言葉だけである。
 英語については、次のような記憶が鮮明だ。
中学1年から3年までの英語読本は『レッツ・ラーン・イングリッシュ』
「話せない英語」が、それまでの日本人の英語。
文部省は、本当に活用できる英語に切りかえるのがねらいで、中学1年では最初の6週間くらいは、テキストなしで耳と口の練習ばかり。(朝日新聞 昭和22年3月25日)
わたしたちも、いきなり2年生のテキストにとりかかれるはずはなく、これに準じた授業だったと思う。
「ロビンソン・クルーソー ウオズ・ボーン・イン・イングリッシュ」
テキストに、このような一文があった。
授業にあたった英語の先生は、この“was born”は受動態(受け身)で、自分の意思で生まれたのでなく、生まされたのだと教えてくれた。
英語の仕組みは、ことの事実を忠実に表現するようにできているのだと感心した。
わたしは母に口答えするとき、機会があったらこの受動態をセルフに使おうと胸中にしまっておいた。
社会科用の教科書『民主主義(上・下)』では、多数決の原理が記憶に残っている。
その中で「多数決原理に対する疑問」という項目があった。
わたしは、この疑問に早々に直面した。
ある日、われわれのクラスの男子生徒に校舎の周囲の杭打ちをするよう命じられたことがある。
それが授業時間中の作業なので、みな喜々として教室を出ていった。
このクラスの男子生徒の多くは、教室で机について授業を受けることが嫌いなのだ。
高等科から新制中学になっても、その思いは不変であった。
杭を運び、木の槌で叩いて杭を地中に埋めていく。
その杭のことだが、だれもがそれを「クエ」と発音するのだ。
わたしは、それは「クイ」ではないかと言っても、周りのもの生徒たちは皆「クエ」だと言い張り、押し切られた。
杭を「クエ」と発音するのは、この土地の方言であるらしかった。
これが、わたしの最初に出くわした「多数決原理に対する疑問」であった。
(裁縫を習う男の子たち<1947年5月>は『敗北を抱きしめて<上>第二次大戦後の日本人』岩波書店)


 次は時間割。1日の時間割にしても能率本位になだらかな学科の組み立てが行われ、教室をいつも明るく活気にみちたものにしてゆく、そのためには時間割の編成も全く自由奔放なものにかわる。(朝日新聞 昭和22年1月26日)
だが、基本的には50分の授業で10分の休憩である。
この基本的な時間割も、わたしたちが3年生になると、授業は45分に短縮され、休憩時間は15分に増えた。
 真相はこうである。
この学校では、授業の始業と終業の時間を報せるのは3年生男子の担当であった。
時報は消防自動車から外された古い手回しサイレンが使われた。
当番の生徒2人が廊下に出て、1人はサイレンを床に押さえ、もう1人が握り手を回し「ウー、ウー」と、けたたましい音響を廊下いっぱいに鳴りわたらせる。
役割分担をだれと決めたわけではないが、当番が始業時間のサイレンを鳴らしにかかると、ほかの男子生徒が壁掛け時計の針を5分進める。
 授業が終わり、先生が教室を出て行くと、こんどは時計の針を5分だけ元に戻し、休憩時間を過ごすのだ。
 そして、始業時間になったらサイレンを鳴らし、針をまた5分進めるのである。
 これを始業・就業時間ごとに、腰掛を壁の前まで運び、その上から手を伸ばし、時計の針をこまめに動かすわけだが、その労をいとわず喜び勇んで行動する奴がいるのである。
 首謀者はだれということなく、たちまち衆議一決するのが、このクラスの特質であった。
 これを1年間通して貫徹したかどうかは覚えていない。
 教師たちは、生徒たちのこんな小細工を知らずにいたのか、それとも黙認していたのかどうか。ともかく注意を受けたことはなかったのは確かだった。
(6・3・3制 男女共学…東京・愛宕中5月の写真は『戦争を知らない戦後50年』毎日新聞社)





コメント

    コメントの投稿

    (コメント編集・削除に必要)
    (管理者にだけ表示を許可する)

    トラックバック

    この記事のトラックバックURL
    http://saro109.jp/tb.php/108-ae714b63
    この記事へのトラックバック


    最新記事