第6部 戦後の開拓地で(12)

2007年07月02日 16:07

 クラスのボスの親切心

 冬の暖房は教室の後方に置かれた長方形の大きな火鉢だった。
 休み時間になると、その長方形の一辺の中央に陣取るのはクラスのボス的存在である大杉と決まっていた。
 大杉は自分の椅子を火鉢のそばに運ぶと、大股を広げて火鉢の縁に足を乗せ、タバコを時々ふかしていた。
 だから、始業時間のベルが鳴ると、大急ぎでタバコの煙を下敷きで窓から追い出す必要があった。
 ほかの男子生徒は、大杉を中心に火鉢の周りにてんでに集まり、たわいもない雑談にふけるのがいつものことだった。
 勉学に不熱心なのは大田を含め全員一致していた。
 話題の中心は授業をいかにサボるかとか、早熟な生徒の大人びた話などで持ちきった。
 墨塗り教科書では、勉強に身が入らないのも無理のないことだった。
 また、お互い競争心に駆られることもなく、いたって穏やかな雰囲気が流れていた。
 女子生徒たちは違ったと思うが、男子生徒など意に介せず別行動をとっていた。
 “男女七歳にして席を同じゅうせず”
 教室の中には、まだその名残が抜け切れておらず、男女間で用件以外の会話をかわすことはほとんどなかった。 
 ボスの大杉は、軟式野球の対外試合ではピッチャーをやり、駅伝では選手に選ばれるなど運動神経は全校生徒中でも抜群のようだった。〈上の表は中流家庭の4人家族の記録『復録版 昭和大雑誌 戦後篇』(流動出版)〉
 彼は、そのころはやっていたコマ回しなどの遊びごとにも優れた技量を発揮した。 長い白ひもを操ってコマの心棒に回転を加え、その勢いでコマを宙に放っては、またひもに引っ掛けヨーヨーのように前後左右に操る技は卓越していた。
 運動と遊びは大杉、勉強は大田というのが級友全員の認めるところだった。
 かといって、大杉は率先してワルをやるような生徒ではなく、どことなく泰然自若といった趣があった。
 遠足の時だった。その彼がわたしのそばにすっと寄って来て、耳元で、
 「用倉じゃ白い飯は食えまい。昼めしに持ってきたわしのにぎり飯が余ったら、あんたに持たしちゃるやるけえ、帰(い)んでから食えや」
 にぎり飯は、彼が日清戦争の兵士のようにタスキ掛けした円筒形の布筒の中に入っているのだろう。
 普段、彼とはほとんど言葉を交わすことがなかったので、思いもかけない親切心に意表を突くかれた思いがした。
 日ごろはそ知らぬ顔をしていたが、用倉の貧しい食生活の実情を知っていたのである。
 ボスの気持ちは嬉しかったが結局のところ、にぎり飯は余らなかったようだった。
〈上の写真は『日清戦争従軍秘録』(青春出版社)に掲載の写真を部分借用〉


逆カルチャー・ショック

  内地を知らなかったわたしには、村でのすべての見聞や体験が異文化の世界であった。
 木造の校舎はともかく、教室の後方に備えられた大きな長火鉢の暖房。
 遠足では円筒状の布筒に握り飯を通し、タスキ掛けにした生徒の姿は日清の戦役で戦う兵士を連想させた。
 村の子どもの誰も彼もが皆、わらぞうりで登校していることもである。
 むろん、わたしも同じ姿であるが引揚者という特殊事情があった。
 だが、わたしの目にする限り、運動靴をはいている子どもは見かけなかった。
覚えたてで作った新しいぞうりをはいていくと、帰りには下駄箱から消え失せ、残っているのは完全に擦り切れたぞうりであったりした。
また、農家では小学生も高学年になると貴重な労働力であることも知った。
冬、彼らは学校から帰るなり、かばんを家に放り出して、田んぼで麦踏みを手伝っていた。(右は朝日新聞 昭和22年(1947年)2月6日) その光景を初めて見たときは、なにをしているのかさっぱり分からなかったが、この地方の農業は米と麦の二毛作だった。
 田舎の人は「いやだなあ」と思ったのは、農作業をしている人たちの横の道を通りかかると、急に作業を止め農具を手にしたまま、いつまでも視線で追われることだった。
  知らない人の場合でも道で出会ったら、朝なら「お早うがんす」と挨拶しなければならない。
 田舎の慣習は未知のことばかりだった。
 同時に、村の子どもたちは総じて早熟であるのも不思議であった。
 真偽のほどは確かでないが、こんな悪戯(いたずら)話を聞かされた。
ある男子生徒が、若い新任の女の先生に狙いをつけ、彼女が便所で小用を始めると、汲み取り口から肥柄杓(こえびしゃく)で受け止め、悲鳴をあげさせたというのだ。
 どこからそんな発想が浮かぶのかしらないが、勇敢(?)な生徒もいたものだ。
 その後、先生におとがめを受けたかどうかは聞いていない。
 学校の便所が汲み取り式だからできるワルサだが、のどかで牧歌的(?)な時代ではあった。
 若い女先生には悪いけれど。
(麦踏みの写真は〈グラフィック・レポート〉『日本人のふるさと』岩波書店)





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